―悪者がいないのに、なぜ人は傷つくのか―
戦争や暴力がない社会は、本当に「平和」と言えるのでしょうか。
私たちの日常には、目に見える暴力とは異なるかたちで、人々の可能性や生存条件を静かに奪っていく力が存在します。
それが「制度的暴力(構造的暴力)」です。
本記事では、この概念を提唱したヨハン・ガルトゥングの理論をもとに、制度的暴力の特徴や具体例(貧困・差別・法制度)をわかりやすく整理します。
さらに、冷戦や世界人権宣言といった歴史的背景を踏まえながら、「なぜ不平等が“暴力”と呼ばれるのか」を丁寧に解説します。
また、制度的暴力を支える「文化的暴力」という視点にも触れ、私たちが無意識に受け入れている価値観や社会の仕組みが、どのように不公正を正当化しているのかを読み解きます。
この記事を読むことで、単なる概念理解にとどまらず、
「見えない暴力」を見抜くための視点と、現代社会を捉え直すための手がかりが得られるはずです。
制度的暴力(構造的暴力)の特徴と詳細
制度的暴力(構造的暴力)とは、戦争や殺人のような直接的な暴力とは異なり、社会の仕組みそのものが人々に不利益や苦痛をもたらす状態を指します。
加害者が特定されにくく、日常の中で持続的に作用する点が大きな特徴です。
主体が不明確
まず重要なのは、この暴力が「誰かが意図的に加えるものではない」という点です。
特定の個人が殴る・傷つけるといった形ではなく、経済格差や制度の不備といった構造によって、結果的に人々が飢餓や健康被害、機会の喪失に苦しむ状況が生み出されます。
不可視性
また、この暴力は非常に見えにくいという性質を持ちます。
社会の中で優位な立場にいる人々にとっては「当たり前の仕組み」として認識されやすく、不平等は不可視化されがちです。
一方で、不利益を被る側は、その不公正を日常的に経験することになります。
制度的暴力は、以下のような具体的な形で現れます。
- 経済格差・貧困
生まれた環境や社会制度によって、十分な栄養や医療を受けられず、本来より短い寿命を強いられる状態。
また、富の再分配の不均衡によって飢餓や生活困難が生じることも含まれます。 - 社会的差別
人種、ジェンダー、宗教などに基づく制度的な不平等や排除。
教育や雇用の機会が制限されるなど、人生の選択肢そのものが狭められます。 - 不公正な法制度
特定の層に有利に働く税制や、ある集団を十分に保護しない法的仕組み。
あるいは、アパルトヘイトのように、制度として差別が組み込まれている場合も含まれます。
このように制度的暴力は、個人ではなく社会システム全体に埋め込まれており、責任の所在が曖昧です。
そのため、直接的な暴力が存在しない社会であっても、不平等や抑圧が続く限り、それは真の意味での平和とは言えません。
この点に関連して、平和学では次のような区別がなされます。
- 消極的平和:戦争や暴力が存在しない状態
- 積極的平和:構造的暴力が解消され、公正な社会が実現している状態
制度的暴力という概念は、目に見える暴力だけでなく、私たちが無意識に受け入れている「社会の当たり前」の中に潜む不公正に目を向けるための重要な視点です。
歴史的背景:なぜ「制度的暴力」という概念が生まれたのか(詳細版)
制度的暴力の概念は、1960年代後半に登場しました。
当時の世界は冷戦のただ中にあり、核戦争の脅威とともに、いわゆる第三世界(開発途上地域)における貧困や飢餓、政治的抑圧が深刻化していました。
当時の「平和」の定義は、主に「戦争がない状態」に限定されていました。
しかしガルトゥングは、この理解に疑問を投げかけます。
たとえ戦闘がなくても、社会構造によって人々が飢えや病気で命を落としているのであれば、それもまた暴力ではないか、という問題提起です。
この視点の転換により、平和の概念は大きく拡張されました。
単に戦争をなくすだけでなく、社会の不平等や抑圧そのものを解消することが、真の平和であると考えられるようになったのです。
制度的暴力(構造的暴力)の概念は、単に1960年代の思いつきではなく、20世紀の国際秩序そのものへの批判として生まれました。
その背景には、大きく三つの歴史的流れがあります。
植民地主義の終焉と「見えない支配」の問題
ポスト植民地主義(見えない支配の継続)
- 植民地支配は終わったが、不平等な国際経済構造は残った
- 「誰が支配しているのか見えない」状態が生まれた
→ 構造そのものが人を苦しめるという認識へ
第二次世界大戦後、アジアやアフリカでは急速に独立運動が進み、旧宗主国による支配体制は形式上崩壊しました。
しかし、独立後もなお、経済や政治の構造は旧宗主国に依存し続ける状況が残ります。
このような状態は、しばしば「新植民地主義(ネオコロニアリズム)」と呼ばれます。
表面的には主権国家であっても、
- 資源の価格決定権が外部にある
- 貿易構造が不利に固定されている
- 多国籍企業や国際金融に依存している
といった構造によって、貧困や不平等が再生産され続けました。
ここで重要なのは、もはや明確な「支配者」が見えないことです。
軍事的な暴力ではなく、国際経済の仕組みそのものが格差を生み出している――この認識が、「構造が暴力である」という発想の土台になりました。
冷戦構造と「平和」の再定義
冷戦と平和概念の転換
- 冷戦下で「戦争がない=平和」という定義が支配的だった
- しかし現実には貧困・飢餓・抑圧が継続
→ ヨハン・ガルトゥングが「構造的暴力」を提唱し、平和概念を拡張
制度的暴力の概念を体系化したヨハン・ガルトゥングが活動した時代は、冷戦の最中でした。
当時の国際社会では、「平和=戦争が起きていない状態」と理解されるのが一般的でした。
しかし現実には、
- 核兵器による均衡(恐怖の均衡)
- 代理戦争の頻発
- 開発途上地域での慢性的な貧困と飢餓
といった状況が広がっていました。
ガルトゥングはこの矛盾に注目します。
「戦争がなくても、人々が構造によって命を奪われているなら、それは平和とは言えないのではないか」という問題提起です。
この視点から、彼は次のように定義を拡張しました。
- 消極的平和:戦争がない状態
- 積極的平和:構造的暴力が解消された状態
この再定義によって、平和研究は軍事や外交だけでなく、社会構造そのものの分析へと大きく転換しました。
開発と格差:近代化の「副作用」
開発と格差(近代化の逆説)
- 経済成長が格差を縮めるどころか拡大
- 構造が不平等を再生産していることが可視化
1960年代は「開発の時代」でもありました。
先進国は途上国に対し、経済成長や工業化を推進する「近代化モデル」を提示します。
しかし実際には、
- 経済成長の恩恵が一部のエリート層に集中する
- 農村の崩壊や都市スラムの拡大
- 教育・医療へのアクセス格差の固定化
といった問題が顕在化しました。
つまり、「発展しているはずなのに、むしろ格差が拡大する」という逆説が起きたのです。
この現象は、単なる政策の失敗ではなく、制度そのものが不平等を生み出している可能性を示唆しました。
ここでもまた、「構造=暴力」という認識が強化されていきます。
人権思想の拡張と「生存の権利」
人権思想の拡張(社会権の登場)
- 世界人権宣言により「生きる条件」も権利とされた
- 教育・医療・生活水準の欠如=単なる不運ではなく「権利侵害」へ
→ 不平等が「暴力」として認識される土台に
同時期には、人権概念そのものも大きく変化していました。
1948年の世界人権宣言は、単なる自由権(弾圧されない権利)だけでなく、
- 教育を受ける権利
- 健康で文化的な生活を送る権利
- 社会保障を受ける権利
といった「社会権」を含んでいます。
この変化は決定的でした。
なぜなら、「これらが保障されない状態」は単なる不運ではなく、権利の侵害=暴力とみなせるからです。
制度的暴力の概念は、この人権思想の拡張と強く結びついています。
まとめ
制度的暴力の概念は、
「植民地主義の後遺症」「冷戦下の平和概念への疑問」「人権思想の拡張」
という三つの歴史的流れの中で形成された。
さらに、開発と格差の問題がそれを現実の問題として裏付けた。
なぜ「暴力」と呼ぶ必要があったのか
最後に重要なのは、なぜガルトゥングがあえて「不平等」ではなく「暴力」という強い言葉を使ったのか、という点です。
それは、
- 問題を「自然現象」ではなく「是正すべき不正義」として捉えるため
- 責任の所在を曖昧にせず、社会的課題として可視化するため
- 平和の概念を倫理的に再構築するため
でした。
つまり、「構造的暴力」という言葉は単なる分析概念ではなく、世界の見方そのものを変えるための批判的装置でもあったのです。
補足:文化的暴力との接続
この歴史的背景を踏まえると、「文化的暴力」の役割もより明確になります。
植民地主義、冷戦、開発政策のいずれにおいても、
- 「これは発展のために必要だ」
- 「能力の差だから仕方ない」
- 「伝統や文化だから変えられない」
といった言説が、不平等を正当化してきました。
つまり文化的暴力とは、単なる価値観ではなく、
歴史的に形成され、構造的暴力を支え続けてきた“意味づけの装置”なのです。
文化的暴力:構造を正当化する「見えない力」
文化的暴力とは、宗教・思想・価値観・言語・芸術などを通じて、暴力や不平等を「正当なもの」「仕方のないもの」として受け入れさせる働きを指します。
文化のあらゆる側面を用いて、「直接的暴力」や「構造的暴力」を正当化したり、当たり前だと思わせたりすることを指します。
暴力そのものを「自然なこと」「正しいこと」に見せかける「レンズ」や「フィルター」のような役割を果たします。
これにより、被害者も加害者も自分たちの置かれた状況を「暴力」だと認識できなくなります。
たとえば、
- 「貧しいのは努力が足りないからだ」という価値観
経済的な格差(構造的暴力)を個人の問題にすり替え、社会構造への批判を封じ込めます。 - 「特定の性別や人種には向いている役割がある」という固定観念
- 差別的な慣習や伝統が「文化」として正当化される状況
こうした考え方は、一見すると暴力的には見えません。
しかし実際には、不平等な構造を維持・再生産する役割を果たしています。
暴力の三角形:三つの暴力の関係
制度的暴力の理解をさらに深めるためには、ヨハン・ガルトゥングが提唱した「暴力の三角形」という枠組みが有効です。
ガルトゥングは、暴力を次の三つに整理しました。
(1990年の論文や1990年代の平和研究)
- 直接的暴力:身体的・物理的な暴力
戦争、暴行など。 - 構造的(制度的)暴力:社会システムによる不平等や抑圧
貧困や差別など。 - 文化的暴力:それらを正当化する価値観や文化
イデオロギー、宗教、言語、芸術、科学(の歪んだ解釈)などの文化的側面。
自己責任論など。
この三つは独立して存在するのではなく、相互に支え合う関係にあります。
文化的暴力が構造的暴力を正当化し、構造的暴力が時に直接的暴力を引き起こす、という連鎖です。
これにより、平和学の対象は「暴力がない状態」から、暴力の根源にある文化的な要素へと拡大されました。
まとめ(記事用の締め)
制度的暴力という概念は、「暴力=目に見える攻撃」という常識を覆し、社会の仕組みそのものを問い直す視点を提供します。
そして、その背後には文化的暴力という「正当化の装置」が存在し、両者は密接に結びついています。
私たちが真の意味での平和を考えるとき、問われるのは戦争の有無だけではありません。
日常の中に埋め込まれた不平等や、それを当然とみなしてしまう価値観そのものに目を向けることが不可欠なのです。
教育格差を乗り越えるためにできること
教育へのアクセスは、制度的暴力が最も現れやすい領域のひとつです。
だからこそ、「どんな選択肢があるのか」を知るだけでも、大きな差になります。
無理に決める必要はありません。
まずは情報を知るところからで十分です。
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教育へのアクセスは、制度的暴力が最も現れやすい領域の一つです。
だからこそ、個人で選べる選択肢を知ることも重要になります。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございます。


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