歪む正義の心理学|トリビアシリーズ 全6回
Ⅲ. 制度的暴力(Structural Violence)
―悪者がいないのに、なぜ人は傷つくのか―
なんとなく変だと思っていた、あの感覚の正体
「誰かが特別に意地悪なわけじゃない。
でも、なんかおかしい。」
職場でも、学校でも、社会のどこかで、そう感じたことはないでしょうか。
誰を責めればいいかもわからない。
声を上げようにも、標的がない。
だから結局、自分の中に原因を探してしまう。
この「なんかおかしい」という感覚には、ちゃんと名前があります。
制度的暴力(Structural Violence)。
聞き慣れない言葉かもしれません。
でもこれは、あなたが感じてきたあの曖昧な不快感を、長年にわたって社会科学が分析し、言語化してきた概念です。
名前がつくと、見えるようになります。
見えると、振り回されにくくなります。
このトピックが、そのための最初の一歩になれば幸いです。
【知る】 悪者のいない暴力
「誰かが悪いわけじゃないけど、なんかおかしい。」
この感覚、正しいです。
制度的暴力(Structural Violence)とは、特定の「悪者」が存在しなくても、社会の構造・制度・慣習そのものが人を傷つける状態を指します。
平和学者ヨハン・ガルトゥングが提唱したこの概念は、もともと貧困や差別を説明するために使われましたが、職場や組織にも同様の構造が存在します。
たとえば――
- 評価基準が不透明で、誰も説明できない
- ルールはあるが、立場によって適用が変わる
- 「声を上げた人が損をする」という空気が根づいている
- 長時間労働が「普通」として常態化している
誰も明確に悪いことをしていない。
でも、確実に誰かが傷ついている。
これが制度的暴力の恐ろしさです。
【気づく】 「自分のせい」という罠
制度的暴力の最大の特徴は、被害者が「自分のせい」だと思い込みやすいことです。
加害者の顔が見えない。
「構造が悪い」と言っても、具体的に誰を責めればいいかわからない。
だから被害者は自分の内側に原因を探し始めます。
「自分が弱いから」
「自分の能力が足りないから」
「もっと頑張れば変わるはず」。
しかし、構造は個人の努力では変わりません。
変えるべきは自分ではなく、構造です。
【防御する】構造の外側から考える
制度的暴力から身を守る第一歩は、「これは構造の問題だ」と認識することです。
自分を責めるのをやめる。
これだけで、消耗のスピードがかなり変わります。
その上で、現実的な選択肢を考える。
- その構造の中で声を上げ続けるか
- 構造が変わるのを待つか
- 構造の外に出るか
どれが正解かは状況によります。
ただし「自分が変われば解決する」という思い込みだけは、手放してください。
構造は、個人の自己改善では変わりません。
正しく怒るために、正しく見る
「構造が悪い」という言葉は、ときに無責任に聞こえます。
「誰も悪くない」で終わってしまうなら、何も変わらないじゃないか、と。
その感覚も、正しい。
ただ、構造を見抜く眼を持つことは、諦めることとは違います。
むしろ逆です。
「自分のせいだ」という思い込みから自由になったとき、人ははじめて本当の問題がどこにあるかを考え始めることができる。
怒るべき場所を間違えなくなる。
消耗すべきでない場所で消耗しなくなる。
制度的暴力という概念は、被害者を守るためだけにあるのではありません。
構造を変えようとする人間が、正確に現実を見るための道具でもあります。
次回は、この構造がどのように私たちの心理に作用し、「おかしい」という感覚すら奪っていくのかを掘り下げます。
最後まで読んで下さいまして、ありがとうございます。



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