歪む正義の心理学|トリビアシリーズ 番外編
Ⅲ. 制度的暴力(Structural Violence)
「おかしい」と思わない人が、おかしいのか
制度的暴力の話をすると、必ずこういう反応があります。
「でも、みんな納得してるじゃないですか。」
そうです。
これが最も厄介な問題です。
不正義な制度は、多くの場合、被害を受けている人も含めて「仕方ない」「当然だ」と受け入れられています。
なぜか。
悪意があるからではありません。
洗脳されているからでもありません。
人間の心理に、そうなるべき理由があるからです。
システム正当化理論とは何か
System justification theory
1994年、社会心理学者ジョン・T・ジョスト教授(John T. Jost, ニューヨーク大学)とマーザリン・バナージ教授(Mahzarin R. Banaji, 当時イェール大学)は、一つの不快な問いを立てました。
「なぜ人は、自分を抑圧しているシステムを守ろうとするのか?」
※ジョストとバナージは、社会的な不平等、政治的信念、およびそれらが無意識下の心理プロセス(システム正当化や暗黙の偏見)によってどのように維持されるかというテーマで協力・研究を行っており、現代の社会的な課題を理解する上で重要な理論的基盤を提供しています。
マルクスは「虚偽意識」と呼び、フロイトは「抑圧」と呼んだこの現象を、ジョストは心理学的に実証しようとしました。
その結果生まれたのがシステム正当化理論(System Justification Theory)です。
理論の背景
- エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(Étienne de La Boétie,16C仏)の『自発的隷従論』:「圧制は支配される側の自発的な隷従によって永続する」
- マルクスの「虚偽意識(false consciousness)」概念:ドイツの哲学者フリードリヒ・エンゲルス(マルクス主義を構築した人)からフランツ・メーリングへの手紙を現代的に再構築したもの。→
Ideology is a process accomplished by the so-called thinker consciously, indeed, but with a false consciousness.
(Engels to Mehring, 1893)イデオロギーは、いわゆる思想家が意識的に、しかし偽りの意識のもとで成し遂げるプロセスである。
※階級的な利害に基づいて支配体制を強化するものであると考えた。出典
Marx and Engels Correspondence (International Publishers, 1968).
Transcribed by Sally Ryan (2000).
Retrieved from [URL]
理論の背景、その他
・社会的アイデンティティ理論(1970-80年代)・公正世界仮説(被害者非難や被害者軽視への誤謬, 1966~)・社会的支配理論(Social dominance theory, SDT, 1992, 正当化神話)
理論の核心はシンプルです。
人間には、自分が属する社会システムを正当化しようとする、根深い心理的動機がある。
たとえそのシステムが、自分を不利な立場に置いていても。
三つの正当化欲求
ジョストによれば、人間には三つの正当化欲求が同時に働いています。
自己正当化(ego justification)
自分の行動・選択・信念を「正しかった」と思いたい欲求。
集団正当化(group justification)
自分が属するグループ(会社・国・民族)を「良いものだ」と思いたい欲求。
システム正当化(system justification)
自分が生きている社会の秩序・制度・格差を「公正だ」「仕方ない」と思いたい欲求。
この三つは通常、互いに補強し合います。
そして最も強力で、最も見えにくいのが「システム正当化」です。
被害者が加害構造を守るとき
システム正当化理論の最も衝撃的な発見は、社会的に不利な立場にある人ほど、現状のシステムを正当化しやすいという逆説です。
ジョストらの実験では、低所得者・女性・社会的少数派のグループが、高所得者・男性・多数派のグループと同等か、それ以上に「現在の社会は公平だ」と評価する傾向が見られました。
なぜか。
理由は二つあります。
認知的不協和の回避
「自分はひどいシステムの中にいる」と認識することは、強い不安と無力感を生みます。
人はその苦痛を避けるために、無意識に「このシステムはそれほど悪くない」と再解釈します。
不正義を認めるより、不正義に慣れるほうが、心理的コストが低いのです。
心理的コントロールの幻想
「頑張れば報われる」
「正しく生きれば守られる」
という信念は、世界に対するコントロール感を与えてくれます。
その信念を手放すことは、世界の予測不可能性と向き合うことを意味します。
多くの人にとって、それは耐えがたいことです。
日常に潜むシステム正当化
抽象的な話に聞こえるかもしれません。
でも、これは私たちの日常のあらゆる場所に潜んでいます。
職場の例
長時間労働が常態化している職場で、
「でもうちの会社はまだマシな方」
「昔はもっとひどかった」
と感じる。
客観的に見れば問題のある環境を、比較によって正当化する。
ジェンダーの例
「女性が管理職に少ないのは、女性自身が望まないからだ」
という説明を、女性自身が口にする。
構造的な障壁ではなく、個人の選好の問題として処理する。
貧困の例
生活保護受給者が「自分はまだ受け取る資格がない」と感じ、申請をためらう。
本来守られるべき人が、制度への申し訳なさを感じる。
いずれも、システムを守るために、自分自身が消耗している構図です。
傍観者効果との接続
システム正当化は、傍観者効果とも深く結びついています。
1964年の事件をきっかけに研究されたこの現象は、「周囲に人がいるほど、誰も助けようとしない」という集団心理です。
制度的暴力の文脈では、傍観者効果はこう作動します。
「おかしい」と感じている人は、実はたくさんいる。
でも、全員が「他の人も黙っているから、これが普通なのだろう」と判断する。
その沈黙が、「これは正常だ」というシグナルになり、システムをさらに強化する。
沈黙は同意ではありません。
しかし、沈黙は同意として機能してしまいます。
これを社会心理学では「多元的無知(pluralistic ignorance)」と呼びます。
全員が内心では疑問を持ちながら、全員が「自分だけがおかしいのかもしれない」と思い込む状態です。
認知的不協和――「信じたいもの」が「見えるもの」を決める
もう一つ触れておきたい概念があります。
心理学者レオン・フェスティンガーが1957年に提唱した認知的不協和(Cognitive Dissonance)です。
人間は、自分の中に矛盾する認知(信念・行動・感情)が生じると、強い不快感を覚えます。
そしてその不快感を解消するために、どちらかの認知を歪めます。
制度的暴力との関係でいえば、こうです。
→ 不協和が生じる → 「制度はそんなにおかしくないかもしれない」と再解釈する
信念が現実認識を上書きする。
これが起きると、問題を正確に見る能力そのものが損なわれます。
後書き
共犯者は悪人ではない

システム正当化理論が示すのは、不正義な制度を支えているのは「悪い人々」ではないということです。
ごく普通の、善意の人間が、心理的な自己防衛として、構造を守り続ける。
これは責めるべきことではありません。
それだけ、人間の心理は「現状」に適応するようにできている。
生存のための、合理的なメカニズムです。
ただし、知っておくことはできます。
「自分は今、システムを正当化していないか?」
「この沈黙は、本当に同意なのか?」
「見えていないのは、見えないのか、見たくないのか?」
その問いを持ち続けることが、構造に飲み込まれないための、静かな抵抗です。
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