【記事2】
炎上しやすい発信の特徴①
伝え方編
正論、説明不足、断定・一括り
SNSで発信していると、「自分は間違ったことを言っていないのに、なぜか反発される」ということがあります。
そんなとき、問題は「内容」ではなく「伝え方」にあることがあります。
炎上しやすい発信には、いくつかの傾向があります。
これは性格の問題ではなく、発信の仕方の問題です。
誰にでも当てはまる可能性があります。
この記事では、正論の強さ・説明不足・断定の3つを取り上げます。
正論を強く言いすぎる
最も分かりやすいのが、「正論の強さ」です。
たとえば、
「そんなことも分からないの?」
「普通はこうするでしょう」
「間違っている人は黙っていたほうがいい」
このような言葉は、主張そのものが正しいかどうかとは別に、相手を見下しているように受け取られることがあります。
問われるのは「何を言ったか」だけでなく、「どう言ったか」です。
正論には、人を納得させる力があります。
しかし同時に、相手を追い詰める力もあります。
特にSNSでは、表情や声のトーンが伝わりません。
対面なら冗談や軽い注意として受け取られる言葉でも、文字だけになると冷たく、攻撃的に見えることがあります。
正しいことと、正しく伝わることは同じではありません。
説明が足りない
SNSでは、発言の背景や事情をすべて説明することができません。
そのため、短い文章だけが切り取られると、読み手が不足している情報を自分で補うことになります。
ここに「誤解の余地」が生まれます。
たとえば「私は○○には反対です」とだけ書くと、次のことが分かりません。
- なぜ反対なのか
- どの部分に反対なのか
- すべてを否定しているのか
- 特定のケースだけを問題にしているのか
発信者には明確な意図があっても、読み手にはその意図が見えません。
すると人は、自分の経験や価値観を使って文章を解釈します。
つまり、説明不足は「他人が意味を補完する余白」を作ります。
そして、その補完が悪い方向に働くと、
「この人は○○を馬鹿にしているのではないか」
「この人は差別的なのではないか」
「本当は別の意図があるのではないか」
という疑念につながります。
断定的で、相手を一括りにする
「○○な人は全員こうだ」
「どうせ△△の人たちは分かっていない」
「今の若者は」
「会社員は」
こうした言い方は、特定の誰かではなく、ある属性や立場の人々をまとめて語っています。
本人は「傾向について話しているだけ」のつもりでも、読み手には「自分も含めて否定された」と受け取られやすい表現です。
ひとつ目が「言い方」の問題だとすれば、こちらは「言う対象の範囲」の問題です。
例外を認める余地がない
「全員」
「みんな」
「必ず」
「絶対」
と言い切られると、その枠に入れられた人は、個別の事情や考えをすべて無視されたように感じます。
「自分は違う」と思う人ほど、反発は強くなります。
反応する人の範囲が広がる
特定の個人への発言であれば、反応するのは主に本人や周辺の人です。
しかし、ある属性の人をまとめて語ると、その属性に当てはまる人すべてが「自分のことだ」と感じる可能性があります。
当事者ではない人も、「身近な人が否定された」と感じて参加します。
その結果、批判する人の数が一気に増えます。
「こちら側」と「あちら側」の対立をつくる
一括りにする表現は、対立の構図をつくります。
すると議論は、「この主張は正しいか」から「どちらの側につくか」へ移りやすくなり、集団的な反応が起きやすくなります。
言い換えの例
次のような言い換えで、印象は大きく変わります。
- 「○○の人は全員間違っている」
→「私の経験では、○○のケースでこうした問題が起こりやすいと感じています」 - 「どうせ△△には分からない」
→「△△の立場の方がどう感じるのか、私には見えていない部分があります」 - 「みんな同じことをしている」
→「こうした行動をとる人もいるようです」
「一部の」
「私の見たかぎりでは」
「○○な場合がある」
といった言葉は、主張を弱めるためのものではありません。
「自分の見ている範囲について話している」と示すことで、不要な反発を減らすための工夫です。
強く言い切ったほうが、主張は伝わりやすいように感じるかもしれません。
けれどSNSでは、言い切りの強さが、そのまま反発の強さになって返ってくることがあります。
次回は、「伝え方」ではなく、炎上したあとの「対応」や、投稿するときの「状態」に注目します。
最後まで読んでぐたさいまして、ありがとうございます。
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