必ず攻撃的になるのか
匿名になったり、集団に加わったりすれば、人は必ず攻撃的になるのでしょうか。
本記事は、脱個人化と集団心理を考える全6回シリーズの第5回です。
前回は、脱個人化の実験を行ったジンバルドーの経歴と研究を紹介しました。
今回は、従来の脱個人化理論を問い直した研究を紹介します。
脱個人化は必ず攻撃性を高めるのか
ここで、脱個人化について誤解してはいけない重要な点があります。
それは、匿名性や集団への没入が、必ず攻撃的な行動につながるわけではないということです。
従来の理論では、脱個人化によって自己抑制が弱まり、普段なら抑えている行動が表れやすくなると説明されてきました。
しかし、その後の研究の蓄積からは、脱個人化が一般的な社会規範からの逸脱や攻撃性を一律に高めるという説明には、十分な裏づけがないことも示されています。
Postmes & Spears (1998) のメタ分析
PostmesとSpearsによる1998年のメタ分析では、脱個人化に関する60の独立した研究が検討されました。
その結果、脱個人化が一般的な規範からの逸脱を一律に増やすという従来の説明は支持されにくく、むしろその場の集団規範に従うという説明のほうが、結果とよく整合することが示唆されました。
つまり、人は集団の中で単純に理性を失うのではなく、その場の集団が支持する行動に従いやすくなる場合があるのです。
この視点は、SNS炎上を考えるうえでも重要です。
他者への侮辱が容認されている集団では、攻撃的な発言が支持され、繰り返されるかもしれません。
一方、被害者への配慮や冷静な検証を重視する集団では、同じような集団への没入が、支援や問題の改善につながることもあります。
匿名性だけを見ても、集団の行動を十分に説明することはできません。
SIDEモデル――集団の規範が行動を左右する
脱個人化をより深く理解するために、SIDEモデルという考え方を紹介します。
SIDEは「Social Identity Model of Deindividuation Effects」の略で、日本語では「脱個人化現象の社会的アイデンティティモデル」などと訳されます。
この名称は、1991年にLeaとSpearsが、コンピュータを介したコミュニケーションの研究で最初に用いたとされています。
その後、一連の研究で発展し、1995年にReicher、Spears、Postmesが、ライヒャーの群衆研究の考え方も取り入れながら、最初の包括的な理論的構造化を発表しました。
従来の脱個人化理論を再検討し、集団の中での行動を社会的アイデンティティの観点から説明しようとするモデルです。
オンライン環境の研究から生まれた点は、SNSの炎上を考えるうえでも重要です。
ここでいう社会的アイデンティティとは、自分を特定の集団の一員として捉える意識のことです。
ある人が自分を「この集団の一員だ」と強く認識すると、個人としての好みや判断だけでなく、その集団で共有されている価値観や規範を重視するようになることがあります。
このとき、匿名性は単に個人の責任感を弱めるだけでなく、集団の一員としての意識を際立たせる場合があります。
集団の規範が攻撃を促す場合
あるオンラインコミュニティで、特定の人物を厳しく批判することが仲間意識の表現になっていたとします。
参加者は、批判に加わることで集団への所属を確認し、周囲から賛同を得ようとするかもしれません。
最初は問題点の指摘にとどまっていた発言が、次第に人格攻撃へと変わることもあります。
その集団では、強い言葉を使うことが「仲間として当然の行動」と認識されている可能性があるからです。
集団の規範が攻撃を抑える場合
反対に、集団が
「事実を確認してから発言する」
「個人への侮辱をしない」
「誤った情報は訂正する」
という規範を共有していれば、参加者はそうした基準に従うでしょう。
集団の規範が協力や援助を促す場合には、集団への没入が望ましい行動につながることもあります。
つまり、集団への同一化そのものが問題なのではありません。
その所属意識が、どのような規範と結びついているのかが重要なのです。
そのため、脱個人化を理解するには、匿名性だけでなく、その人がどの集団に同一化しているのか、集団内でどのような行動が支持されているのかにも目を向ける必要があります。
この視点から見ると、炎上を防ぐには個人の自制心だけでなく、攻撃的な言動を当然のものとして扱わない集団の規範や環境を整えることも必要になります。
次回予告
最終回となる次回は、これまでの理論をSNS炎上に当てはめ、集団の中でも自分の判断を失わないための視点をまとめます。
参考文献・研究資料
- Lea, M., & Spears, R. (1991). Computer-mediated communication, de-individuation and group decision-making. International Journal of Man-Machine Studies, 34(2), 283–301.
- Reicher, S. D., Spears, R., & Postmes, T. (1995). A Social Identity Model of Deindividuation Phenomena. European Review of Social Psychology, 6(1), 161–198.
- Postmes, T., & Spears, R. (1998). Deindividuation and antinormative behavior: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 123(3), 238–259.
- Spears, R. (2017). Deindividuation. In S. G. Harkins, K. D. Williams, & J. M. Burger (Eds.), The Oxford Handbook of Social Influence. Oxford University Press.
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